谷川俊太郎 『おやすみ神たち』
ひととき
長い年月を経てやっと
その日のそのひとときが
いまだに終わっていないと悟るのだ
空の色も交わした言葉も
細部は何ひとつ思い出さないのに
そのひとときは実在していて
私と世界をむすんでいる
死とともにそれが終わるとも思えない
そのひとときは私だけのものだが
否応無しに世界にも属しているから
ひとときは永遠の一隅にとどまる
それがどんなに短い時間であろうとも
ひとときが失われることはない
「ひととき」 谷川俊太郎