三角みづ紀 『よいひかり』
鋏
伸ばしつづけていた前髪を
キッチンの丸机の上にある
鋏で ざりっと切る
伸ばすのには
ずいぶん時間がかかったのに
黒い髪はあっけなく散らばる
何かを変えたいとき
ひとは 動いてみる
何かが変わったとき
ひとは案外気づかないのかも
すっかりと変わることに
まだ躊躇しているわたし
鋏を手にしたまま
前髪しか切れずに
すっかりと変わることに
迷っている
いつか気づくだろうか
変わってから
しばらくして
ようやく
この決断が輝きますように。
迷っているわたしと困っている鋏
ほんのささいなことで
人生は変化したり
しなかったりする
「鋏」 三角みづ紀