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文月悠光 『わたしたちの猫』

   わたしたちの猫

 

 

 

あのひとの膝のうえで

まるくなるのは、どんな感じ

目をこすって顔を洗えば、

強がりなわたしも

愛らしく見えるはず。

今だけだから、安心してて。

もう少しあたたまったら、

わたし、ちゃんと立ち去ります。

 

人の心には一匹の猫がいて、

そのもらい手を絶えず探している。

自分で自分を飼いならすのは

ひどく難しいから、

だれもが尻尾を丸め、

人のふりして暮らしている。

首輪のいらない幸せが

いつか巡ってくるんだろうか。

だれの呼び声に応えるべきか、迷いながら

わたしたちは二つの耳をとがらせている。

 

本物の猫をこわごわと抱いたとき、

その身体のあたたかさに

わたしは許された心地がした。

やわらかな白い毛の間から

背骨の硬さが手に触れる。

撫でつければ、ふわりと浮くしっぽ。

覗き込むと、猫の大きな目の中に

光が尾を引いて泳いでいた。

「わたしに飽きないでね」

そう告げているような眼差し。

約束を求めるのは

人間ばかりではないようだ。

きみを抱いているとあたたかいから

ねえ、もう少しここにいてよ。

「わたしたちの猫」 文月悠光