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文月悠光 『わたしたちの猫』

   砂漠

 
 
 
触れるので
そこにやわくからまるので
ひじから先はいつも熱い。
つま先までの関節ひとつひとつに
きみを眠らせておく。
起こさぬように、
口はつぐんでおくけれど
ばれてもよい嘘ならば
空にうたう。
(体温だけで話はできる)
言葉を呑んで
膨らんで
手のひら、ずっと
腫らしていた。
 
腐ることをおそれたから
いきものになりはてたのかな。
(夜に冷蔵庫を覗いたことある?)
(あたたかいんだ)
(砂漠みたいでね)
そう、
そこでは何もかもが
ゆったりと枯れていく。
生きてる限り、
からだはわたしに足りないみたい。
 
立ちすくんでいると、
どんな音にも黙っていたい。
澄ました顔で感じていたい。
真夜中の冷蔵庫はまぶしかった。
ひじから先をさし入れても、
そこが砂漠かどうか
わたしにはわからなかった。
卵ケースに立てかけられていたのは、
ふたが銀色に光るちいさな口紅。
つめたい紅が
しっとりと唇を一周し、
きみへ放つ言葉をひとめぐりする。
(あたためて)
足りないことはうれしいことだ、
くちさきで繋がってみると。

「砂漠」 文月悠光