「いま・ここ」
谷川俊太郎

 ラテン語のことわざに〈carpe diem〉というのがあります。英語では〈seize the day〉、日本語にすると「この日を捉えよ」、ずいぶん強い言葉です。「生きる」という詩を書いたころは、まだこのことわざを知りませんでしたが、知ってからは自分の感性、生き方を考える上で大切な言葉になりました。

  動物と違って言語によって世界を知ることのできる私たち人間には、過去を思い起こし、未来を思い描く能力があります。しかし私たちは過去を生きることも、未来を生きることも実際にはできません。現実に私たちが生きるのはいつも「いま・ここ」です。そして時をとめることは誰にもできないのです。

 <時よとまれ、おまえは美しい>というのはゲーテの『ファウスト』の一節です。「いま」というこの一瞬はあっという間に過ぎ去りますが、そこには私たちの過去もそして未来もひそんでいるのだと私は感じています。だから「いま」という時は速いだけでなく、限りなく深い。

  詩は小説と違って、時間に沿って物語を語らないでも成り立つことを特徴としています。詩はいわば時間を、そして歴史を輪切りにしてその断面を見せるのだと、私は考えています。これはときには忘れっぽい自分、歴史音痴の自分の言い訳にもなるのですが、かけがえのない「いま・ここ」を捉えるひとつの方法です。松本さんの写真を見ていると、定着された光景の奥深くへと心が入っていきます。空間・時間は、それが一瞬であっても計り知れないほど深く大きく、それを感じたときの心を、日本人は「もののあはれ」という美しい言葉で表現することがあります。この『生きる』という本では、写真が言葉とともに現実の一瞬を切り取り、それをただ提示しています。この本は生きることの「意味」とともに、その複雑な「味わい」を読者に感じてほしいと願っているのです。

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