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小さくて力強い声 川内倫子(写真家)

小さくて力強い声

川内倫子(写真家)

大通りから一本路地に入って、さらに少しだけ奥まった場所にあったその書店は、裏の通りの喧騒から、す、と逃れるように位置していた。一歩入るとなんとなく懐かしいような気持ちになり、なぜか初めての場所とは思えないほど落ち着く空間だった。こんなお店が自宅の近くにあったらいいなと、うっとりしながら店内を一周し、これから熊本に通うことになりそうなんです、その時はまた寄らせてくださいね、というようなことを店主の久子さんと話した。実際その後四年間通って撮影を続け、そのたびに必ず立ち寄るようになった。立ち寄るというよりも、滞在中は居つく、といったほうがしっくりくる感じだったかもしれない。毎回撮影が終わるとただいまと言ってカフェ側の引き戸をがらっと開け、カウンターに座りその日の成果を話しながらお茶かワインを一杯飲み、常連さんがいると一緒に近況を話したりもした。途中書店側につながる小さな通路の入り口に頭をぶつけないように気をつけながら移動し、丁寧に並べられた本を見回す。お客さんが一区切りした頃に久子さんがやってきて、わたしが手に持っている本について、さりげなく一言感想を言ったり、最近のお気に入りの本をいくつか手に取り、いつもの口調よりも力を込めてその本のあらすじを話してくれたりした。

書店の屋根裏部屋に宿泊させてもらうこともあったし、夜中飲みすぎてカフェの床で寝てしまったこともある。はっと目を覚ますと、看板猫の白玉が寝ているわたしの横に並んで寝てくれている。そしていつも久子さんは起きていて、本を読んでいるか、仕事の書類の整理をしているかしてわたしを寝かせておいてくれた。

あるとき、いつも弱者の本ばかり置いているね、と言ったことがあるらしい。はっきり覚えていないが、それは、弱者が描かれている、という意味だけでなく、弱っている人のための本が置いてある、という意味でもあったと思う。わたしはその当時、とても弱っていた。久子さんはいつも弱っているわたしみたいな人に寄り添ってくれる、猫みたいな人だ。おしつけがましい言葉は決して言わず、ただ弱っていることを察して横にいてくれる。時々、この本、いいんだよ、と勧めてくれる。 また別のある日、言葉について話していたとき、久子さんが、でも、わたしも気づかないうちに人を傷つけてしまったこともあるだろうから、と、いつものように少し小さな声で、でもはっきりと自分の発言に責任を持つ力強さで言ったことがある。なぜかそのときの横顔と声が忘れられない。いつも弱っている人の立場で考えられる優しさと、彼女がひとりでお店を長いあいだ営んできた時間と覚悟のようなものが垣間見られたように感じたからかもしれない。

 弱っている人には日常のすべてのことが強すぎると感じるし、居場所がないように思って途方に暮れるときがある。誰とも話したくないけど、人恋しくなる。そんなときに本を読むことで、救われることもある。橙書店に行くと、久子さんに選ばれた本に囲まれて静かに自分のなかに潜ることができる。ちょっと元気になってくるとお茶を淹れてもらって、時々常連さんとおしゃべりする。そうしてまた自分の日常に戻る力をチャージして帰途につく。

だから、橙書店に定期的に訪れたくなるのは、自分にとっては自然ななりゆきとなった。

作品撮影のために通っていたプロジェクトも終盤を迎えると、もうこの場所に通う予定がないということが寂しくて仕方がなかった。もちろん、撮影がなくとも来ればいいのだけど、土地との繋がりがなくなると、縁もなくなりそうで怖かったのだ。ところが撮影が終わったあとも、熊本現代美術館との企画で、また熊本に通うことになり、その期間中に熊本出身の人と出会い、結婚することになった。そうして夫の実家に帰省の際に、いつも橙書店に立ち寄れることになったのだ。そんなつながりができたことにほっとし、ますます熊本と久子さんと橙書店のご縁を感じていた折、震災があった。当時妊娠中だった自分は駆けつけることもできず、ただ毎日久子さんに電話した。余震の続く日々のなか、少しずつ、徐々に日常を取り戻していく過程を聞くことしかできなかった。

初夏に出産し、わたしが授乳に奮闘しているあいだも、久子さんは震災で傷だらけになったお店を開け続けた。壁に亀裂が入っていて、玄関の引き戸もうまく閉まらないと聞いていた。とても心配だったけど、彼女の周りにはたくさんの素敵な常連さんがいることも知っていたし、そしてみんなが支えあっていることも聞いていたから、駆けつけたい気持ちを抑えた。そして慣れない子育てになんとか生活のリズムがつかめて来た頃、橙書店が移転した。子供と一緒に訪れたら、前の店の空気のままで驚いた。変わらない空気に、以前の思い出が詰まったお店がなくなったわけではない、と思うと、嬉しくてほっとすると同時に、いかに自分がこのお店を自分にとっての拠り所としているのかを実感した。

そして以前と違って気に入った点がひとつあった。2階ということもあり、前のお店よりも光がたくさん入ることだった。東向きの窓から入る朝の光が心地よく、子供を抱きながら新しいお店の窓際に座った。変わらない空気に包まれながら、新しい時間のはじまりを感じた。

 

 


既存本と取扱本

写真詩集 『生きる』

『生きる』

詩 谷川俊太郎 写真 松本美枝子
¥1,500+税

詩集 『人に優しく』

『人に優しく』

御徒町凧(おかちまち かいと)
¥1,500+税

コミック『ヒーシーイット アクア』

『ヒーシーイット アクア』

ウィスット・ポンニミット
¥952+税

『みみながうさぎ』

『みみながうさぎ』

きとうひろえ
¥1,300+税

詩集『朗読会の記録(一)家具』

『朗読会の記録(一)家具』

御徒町凧
限定600冊 完売御礼

詩集『朗読会の記録(二)道路』

『朗読会の記録(二)道路』

御徒町凧
限定600冊
¥2,476+税

写真集『未来ちゃん』

『未来ちゃん』

川島小鳥
¥2,000+税

写真集『tokyo boy alone』

『tokyo boy alone』

森栄喜
¥3,000+税

詩集『朗読会の記録(三)空気』

『朗読会の記録(三)空気』

御徒町凧
限定600冊
¥2,476+税

写真集『モダンタイムス』

『モダンタイムス』

パトリック・ツァイ
¥1,800+税

コミック『ヒーシーイット  オレンジ』

『ヒーシーイット オレンジ』

ウィスット・ポンニミット
¥952+税

『ファミコンの思い出』

『ファミコンの思い出』

編著 深田洋介
¥1,300+税

タムトリのうちわ タムくん

タムトリのうちわ

単品 ¥477+税
セット ¥762+税

『明星』

『明星』

川島小鳥 箕浦建太郎
¥1,500+税

『未来ちゃんの未来』

『未来ちゃんの未来』

絵 ウィスット ポンニミット
写真 川島小鳥
¥1,800+税

『給他』(川島小鳥/限定盤)

『給他』(川島小鳥/限定盤)

アンバー・クオ
¥1,980+税

『佐内正史詩集 人に聞いた』

『佐内正史詩集 人に聞いた』

詩・写真 佐内正史
¥1,600+税

『せんはうたう』詩 谷川俊太郎 絵 望月 通陽

『せんはうたう』

発行 ゆめある舎
詩 谷川俊太郎
絵 望月通陽
¥1,800+税

岩崎航詩集『点滴ポール ~生き抜くという旗印』

『点滴ポール ~生き抜くという旗印』

詩・エッセイ 岩崎航
写真 齋藤陽道
¥1,400+税

一青窈詩集『みんな楽しそう』

『みんな楽しそう』

詩 一青窈
¥1,400+税

池田修三 木版画集 センチメンタルの青い旗

『センチメンタルの青い旗』

木版画 池田修三 
編著 藤本智士
¥1,800+税

『近藤聡乃作品集』

『近藤聡乃作品集』

近藤聡乃
¥3,600+税

『りさちゃん、なんでもなーい』

『りさちゃん、なんでもなーい』

絵と文 いしはらまこちん
¥1,200+税

『intimacy』 森栄喜

『intimacy』

森栄喜
¥3,800+税

『みんなのひとり上手手帖』 赤(ビロード風)

『みんなのひとり上手手帖』
全3種類

クリハラタカシ
¥1,600+税

池田修三 絵葉書と豆本 第1集「はじまり」

池田修三 絵葉書と豆本
第1集「はじまり」

木版画 池田修三
編著 藤本智士
¥1,600+税

『おやすみ神たち』

『おやすみ神たち』

詩・谷川俊太郎 写真・川島小鳥
¥2,300+税

史群アル仙作品集 今日の漫画

『史群アル仙作品集 今日の漫画』

史群アル仙
¥1,200+税

写訳 春と修羅

『写訳 春と修羅』

宮沢賢治 齋藤陽道
¥1,600+税

渡部雄吉写真集『張り込み日記』

渡部雄吉/構成と文:乙一
¥2,700+税

川島小鳥写真集『明星』

川島小鳥写真集『明星』

川島小鳥
¥3,000+税

『バス停に立ち宇宙船を待つ』

友部正人
¥1,500+税

池田修三 絵葉書と豆本
第2集「いろどり」

木版画 池田修三 
編著 藤本智士
¥1,600+税

未来ちゃんノートA

未来ちゃんノートA

川島小鳥
¥330+税

未来ちゃんノートB

未来ちゃんノートB

川島小鳥
¥330+税

未来ちゃんクリアファイルA

未来ちゃんクリアファイルA

川島小鳥
¥500+税

未来ちゃんクリアファイルB

未来ちゃんクリアファイルB

川島小鳥
¥500+税

『あたしとあなた』

『あたしとあなた』

詩・谷川俊太郎
¥2,000+税

『冬のUFO・夏の怪獣』

クリハラタカシ
¥1,200+税

『深夜百太郎 入口』

舞城王太郎
MASAFUMI SANAI
¥1,500+税

『深夜百太郎 出口』

舞城王太郎
MASAFUMI SANAI
¥1,500+税

『岩崎航エッセイ集 日付の大きいカレンダー』

岩崎航
写真:齋藤陽道
¥1,500+税

『よいひかり』

三角みづ紀
¥1,400+税

『わたしたちの猫』

文月悠光
¥1,400+税

コミック『ヒーシーイット レモン』

ウィスット・ポンニミット
¥1,000+税

『もう一度 倫敦巴里』

和田誠
¥2,200+税

『とりとめなく庭が』

三角みづ紀
¥1,400+税

『対詩 2馬力』

谷川俊太郎 覚 和歌子
¥1,600+税

『Family Regained』

森栄喜
¥4,500+税

『猫はしっぽでしゃべる』

『猫はしっぽでしゃべる』

田尻久子
¥1,400+税

『こんにちは』

谷川俊太郎
¥1,800+税

『バウムクーヘン』

谷川俊太郎
¥1,300+税

『いのちの花、希望のうた』

画・岩崎健一 詩・岩崎航
¥1,700+税


完売御礼

2012年「未来ちゃんカレンダー」

2012年「未来ちゃんカレンダー」

川島小鳥
¥1,260(税込)完売

モダンタイムス Tシャツ

モダンタイムス Tシャツ

パトリック・ツァイ
¥3,000+税完売

ヒーシーイット Tシャツ

ヒーシーイット Tシャツ

ウィスット・ポンニミット
¥3,000+税完売

タムくんの似顔絵日めくりカレンダー2013

『タムくんの似顔絵
日めくりカレンダー2013』

ウィスット・ポンニミット ¥1,500+税完売

『タムくんの似顔絵カレンダー2014』

『タムくんの似顔絵カレンダー2014』

ウィスット・ポンニミット
¥1,905+税完売