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「声なき声を見る」齋藤陽道

タムくんのまんがを読むと、いろんなキモチがあふれてくる。

ふくふくとした優しいキモチに包まれたり。
破壊的なギャグ描写に、奇妙な笑いをこぼしたり。
自分の中にある、ごうまんさや虚栄心に気づいてしまったり。
痛みが伝わる的確な暴力の描写に、ふるえたり。
シャイな少年の姿にポエジーを刺激されたり。
きゃわいいオンナノコに劣情したかと思えば、慈悲深い心境におちいったり。

……こうして言葉にしてみても、むなしい。
タムくんのまんがを読むたびにいろんなキモチが、いろんな色をして表れているのを確かに感じる。そのどれもがほんのちょっとずつ重なりあっては一体化していて、引き離しがたい。
それなのに、重なりあうきらびやかなキモチたちを言葉でむりに言い表そうとすると、それぞれが切り離されて遠くなってしまうように感じられて、どうにもやるせなくなってしまう。ほんとはもっと、完璧にまるくてやわらかなひとつのものとして捉えているのに。
このキモチたちを言い表わす方法が、わからない。

ぐるぐると言葉で考えすぎたせいで、心がすっかり冷えてしまった。寒い日にストーブで暖まりたいと思うような感じで、机を離れて、産まれて六か月目になるこどものところへ行く。こどもの首は、むちむちとしたおにくに包まれている。そこに鼻をつっこんで、ふんふんふんと、鼻息をたてる。こどもはケラケラと笑う。その目は三日月の形をしている。
こどもの胸に置いた手から、震えが伝わってくる。
大きな声を出して笑っているようだ。

 

ここで少し自分のことを紹介させてください。ぼくは耳が聞こえません。そのことを不幸がったり、悔やんだりする思いはまったくなかったのだけれど、こどもがやってきてその思いがまた少し変わってきました。
ちょっとこどもから眼を離したあとにまた見ると、こどもは真っ赤な顔をして泣いている、いつからそうだったのかわからない……そんなことが多々あり、何かあったときにとっさに気づけないという経験が増えてきて、ああ、聞こえないとはこういうことでもあるのかと思うようになりました。そのことを、今、少し心細く思っています。
おおげさかもしれないけれど、その心細さがこどもを抱くときに「こうしていられることが信じられない」という一期一会のキモチをも常に抱かせてくれる。
そんな思いで、こどもの頬に、自分の頬を寄せる。
胸から、トトトトと、小さく、でも確かな心音が伝わってくる。

トトトトトトトト トトトトトトトト トトトトトトトト

その鼓動に感じ入っていると、何かを思い出せそうな気がした。「あ、この感じ、タムくんのまんがを読んだあとのキモチに近いぞ」と思った。
 言葉で考えすぎて冷えた心が、とろっとなる。

おふろに入る時間になった。まず、妻がおふろに入る。続いてぼくとこども、すっぽんぽんになっておふろに向かう。小さいころにまんがを読みすぎたせいか、ぼくの目はよくない。2メートル先に置いてあるコーラが、コカコーラかペプシコーラかもちょっとわからないくらいだ。そして、同じく耳の聞こえない妻も、目がよくない。
つまりおふろでぼくらは、ぼわーんとした視界の中でお互いを見ている。 日常会話は、手話なのに、その手が見えない。でも、ぼやけた輪郭の妻が手話でなにかを話し、それに対してぼくも「うんうん、そうね、いや、でもね」とかなんか、ごくふつうに受け答えする。顔や指はまともに見えていないのに、意外と会話の不自由は感じていない。

「手話」という言葉のために誤解されやすいのだけれど、手話は手の動きだけで話すものではない。目線、身体の動き、まゆの動き、リズム、息づかい、空間の使い方といったものも手話の一部なのです。 ぼくは妻の手話での話し方のクセを熟知しているので、「この姿勢のときは、あんな感じのことを言っているんだな」とか「あの手の動き方は、あの手話だな」「妻の性格だから、きっとこう答えるだろうな」といったように、ぼわんとした人影の動きかたを見て、その身体の動きに、ちょっとの想像を込めながら、手話を読み取ろうとしている。
ちゃんと見えているほうが、話は手っとり早いのだけど、見えないなら見えないで、別の感覚が開くのだ。それが何なのかというと言葉につまるけれど、「気配を読む」という感じ。でも別にエスパー的な、特別なことでもない。まんがのコマとコマのあいだを想うことに近いかもしれない。  ほんのちょっとの想像をこめて、愛しいひとの身体が発している、静かでにぎやかな声を見る。そうしながら「あ、これも、タムくんのまんがを読んでいるときの感じに近いぞ」と思った。心の冷えが、またもや、とろっとなる。

こどもと妻のおかげで、ぼくの感じるタムくんのまんがのヒミツに触れられそうな気がした。心音を感じていた時のぬくもりを手によみがえらせながら、身体が発している声を読みとろうとするキモチをよみがえらせながら、もういちど、まんがを読む。
すると、さっきまでとは感じ方がすっかり変わっていた。

タムくんのまんがから受ける印象には、くっきりとした輪郭というものがない。それは、なんにでもなれる可能性を思わせる。信じさせてくれる。なにがどんなふうになったって、あなたを咎めるタブーははじめからどこにもないよ、というような底が知れず恐ろしいほどの可能性。

言葉のないストーリーを追っていくにつれて、頭のなかにあった言葉が少しずつ溶けていく。そして、ぬくもりが手のひらにたまる。なつかしいにおいが、鼻をくすぐる。呼吸の一息が、甘くなる。
「五感」と分けられて、そこからあぶれた微細な感覚たちが、まだだれも知らない未知の感覚たちが、統合されたひとつのものにむかって矯正されていく。

こどもの心音を感じながら、思い出しそうになっていたものが何だったのか分かった気がする。その命がどれほどか弱く、小さくとも、その身体には大人と変わらない臓器がそなわってる、そのようなありふれた神秘が続くことで、ぼくたちが今いる。このつらなりを、これまでも、これからも、今も、じっと見ている大きな存在があること。

そんな統合された深く巨大なひとつの存在を求めるのは、いつの時代も、どの国のどの誰でも、意識的にせよ無意識にせよ、心の底で願っていることではないだろうか。タムくんはきっと、そんな変わらないひとつのものをずっと考えてきた。それだからこそ、このまんがたちはこんなにも優しく、易しく、やさしい。

空に浮かぶいろんな雲の形から、ふたりで想像しあうことで、ひとりでは決して思いもよらなかったいろんな存在の姿が見えてくるように、タムくんのまんががその全体で伝えようとしていることは、だれかを愛しく想うエネルギーで声なき声を見る方法なんだと思った。

 

 

プロフィール

齋藤陽道(さいとう・はるみち)
写真家。1983年、東京都生まれ。都立石神井ろう学校卒業。2007年、陽ノ道として障害者プロレス団体「ドッグレッグス」所属。2009年、写真新世紀佳作賞(飯沢耕太郎選)。2010年、写真新世紀優秀賞(佐内正史選)。Mr.Children、クラムボン、森山直太朗らミュージシャンのアルバムジャケットやメインビジュアルを手掛け、2014年にはワタリウム美術館での大規模個展を開催した。主な書籍に、2011年『感動』(赤々舎)、2013年『宝箱』(ぴあ)、2015年には宮沢賢治の詩を写真で翻訳することを試みた『写訳 春と修羅』(ナナロク社)を刊行。
小社書籍では、岩崎航の『点滴ポール 生き抜くという旗印』『日付の大きいカレンダー』にて装丁挿画写真を提供している。

 


既存本と取扱本

写真詩集 『生きる』

『生きる』

詩 谷川俊太郎 写真 松本美枝子
¥1,500+税

詩集 『人に優しく』

『人に優しく』

御徒町凧(おかちまち かいと)
¥1,500+税

コミック『ヒーシーイット アクア』

『ヒーシーイット アクア』

ウィスット・ポンニミット
¥952+税

『みみながうさぎ』

『みみながうさぎ』

きとうひろえ
¥1,300+税

詩集『朗読会の記録(一)家具』

『朗読会の記録(一)家具』

御徒町凧
限定600冊 完売御礼

詩集『朗読会の記録(二)道路』

『朗読会の記録(二)道路』

御徒町凧
限定600冊
¥2,476+税

写真集『未来ちゃん』

『未来ちゃん』

川島小鳥
¥2,000+税

写真集『tokyo boy alone』

『tokyo boy alone』

森栄喜
¥3,000+税

詩集『朗読会の記録(三)空気』

『朗読会の記録(三)空気』

御徒町凧
限定600冊
¥2,476+税

写真集『モダンタイムス』

『モダンタイムス』

パトリック・ツァイ
¥1,800+税

コミック『ヒーシーイット  オレンジ』

『ヒーシーイット オレンジ』

ウィスット・ポンニミット
¥952+税

『ファミコンの思い出』

『ファミコンの思い出』

編著 深田洋介
¥1,300+税

タムトリのうちわ タムくん

タムトリのうちわ

単品 ¥477+税
セット ¥762+税

『明星』

『明星』

川島小鳥 箕浦建太郎
¥1,500+税

『未来ちゃんの未来』

『未来ちゃんの未来』

絵 ウィスット ポンニミット
写真 川島小鳥
¥1,800+税

『給他』(川島小鳥/限定盤)

『給他』(川島小鳥/限定盤)

アンバー・クオ
¥1,980+税

『佐内正史詩集 人に聞いた』

『佐内正史詩集 人に聞いた』

詩・写真 佐内正史
¥1,600+税

『せんはうたう』詩 谷川俊太郎 絵 望月 通陽

『せんはうたう』

発行 ゆめある舎
詩 谷川俊太郎
絵 望月通陽
¥1,800+税

岩崎航詩集『点滴ポール ~生き抜くという旗印』

『点滴ポール ~生き抜くという旗印』

詩・エッセイ 岩崎航
写真 齋藤陽道
¥1,400+税

一青窈詩集『みんな楽しそう』

『みんな楽しそう』

詩 一青窈
¥1,400+税

池田修三 木版画集 センチメンタルの青い旗

『センチメンタルの青い旗』

木版画 池田修三 
編著 藤本智士
¥1,800+税

『近藤聡乃作品集』

『近藤聡乃作品集』

近藤聡乃
¥3,600+税

『りさちゃん、なんでもなーい』

『りさちゃん、なんでもなーい』

絵と文 いしはらまこちん
¥1,200+税

『intimacy』 森栄喜

『intimacy』

森栄喜
¥3,800+税

『みんなのひとり上手手帖』 赤(ビロード風)

『みんなのひとり上手手帖』
全3種類

クリハラタカシ
¥1,600+税

池田修三 絵葉書と豆本 第1集「はじまり」

池田修三 絵葉書と豆本
第1集「はじまり」

木版画 池田修三
編著 藤本智士
¥1,600+税

『おやすみ神たち』

『おやすみ神たち』

詩・谷川俊太郎 写真・川島小鳥
¥2,300+税

史群アル仙作品集 今日の漫画

『史群アル仙作品集 今日の漫画』

史群アル仙
¥1,200+税

写訳 春と修羅

『写訳 春と修羅』

宮沢賢治 齋藤陽道
¥1,600+税

渡部雄吉写真集『張り込み日記』

渡部雄吉/構成と文:乙一
¥2,700+税

川島小鳥写真集『明星』

川島小鳥写真集『明星』

川島小鳥
¥3,000+税

『バス停に立ち宇宙船を待つ』

友部正人
¥1,500+税

池田修三 絵葉書と豆本
第2集「いろどり」

木版画 池田修三 
編著 藤本智士
¥1,600+税

未来ちゃんノートA

未来ちゃんノートA

川島小鳥
¥330+税

未来ちゃんノートB

未来ちゃんノートB

川島小鳥
¥330+税

未来ちゃんクリアファイルA

未来ちゃんクリアファイルA

川島小鳥
¥500+税

未来ちゃんクリアファイルB

未来ちゃんクリアファイルB

川島小鳥
¥500+税

『あたしとあなた』

『あたしとあなた』

詩・谷川俊太郎
¥2,000+税

『冬のUFO・夏の怪獣』

クリハラタカシ
¥1,200+税

『深夜百太郎 入口』

舞城王太郎
MASAFUMI SANAI
¥1,500+税

『深夜百太郎 出口』

舞城王太郎
MASAFUMI SANAI
¥1,500+税

『岩崎航エッセイ集 日付の大きいカレンダー』

岩崎航
写真:齋藤陽道
¥1,500+税

『よいひかり』

三角みづ紀
¥1,400+税

『わたしたちの猫』

文月悠光
¥1,400+税

コミック『ヒーシーイット レモン』

ウィスット・ポンニミット
¥1,000+税

『もう一度 倫敦巴里』

和田誠
¥2,200+税

『とりとめなく庭が』

三角みづ紀
¥1,400+税

『対詩 2馬力』

谷川俊太郎 覚 和歌子
¥1,600+税

『Family Regained』

森栄喜
¥4,500+税

『猫はしっぽでしゃべる』

『猫はしっぽでしゃべる』

田尻久子
¥1,400+税

『こんにちは』

谷川俊太郎
¥1,800+税

『バウムクーヘン』

谷川俊太郎
¥1,300+税

『いのちの花、希望のうた』

画・岩崎健一 詩・岩崎航
¥1,700+税


完売御礼

2012年「未来ちゃんカレンダー」

2012年「未来ちゃんカレンダー」

川島小鳥
¥1,260(税込)完売

モダンタイムス Tシャツ

モダンタイムス Tシャツ

パトリック・ツァイ
¥3,000+税完売

ヒーシーイット Tシャツ

ヒーシーイット Tシャツ

ウィスット・ポンニミット
¥3,000+税完売

タムくんの似顔絵日めくりカレンダー2013

『タムくんの似顔絵
日めくりカレンダー2013』

ウィスット・ポンニミット ¥1,500+税完売

『タムくんの似顔絵カレンダー2014』

『タムくんの似顔絵カレンダー2014』

ウィスット・ポンニミット
¥1,905+税完売