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三角みづ紀 『よいひかり』

   市場

 
 
 
快晴の昼下がりに
地下鉄に揺られて
たくさんはいるバッグを持って
市場へ向かう

ひとつきだけの
わたしの暮らし
まもなくおしまいだから
チーズやハムは あきらめて
パンとすこしの野菜を求める
あたたかくなっても使えそうなストールと
スーツケースにほうりこむラベンダー袋も

ないものねだり。
ずっと こんな生活が
続けばよいのだけれど
わたしはただの通過者

人生のはじまりとおわりを
自分で決めるのは
むずかしいが
旅であったら
はじまりとおわりを
決めることができる

生まれて、死ぬこと
はじまり、おわること

幾度となく
生まれ変わるために
わたしは
わたしの町ではない町を進む

死んだものと生きるものが並んでいる
市場の片隅の
花屋の花々に心をうばわれるが
枯れるのを見届けられないから
買わずに
帰る

「市場」 三角みづ紀