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『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』特別付録
舞城王太郎 掌編1

モフモフしたいとアドが言ったので皆で猫を探しにいくことにした。猫ってどこにいんの?さあ。そのへんにぷらぷらしてるんじゃないの?見たことある?ない。ないのかよ。え?どっかで見たことある?あれ?なくない?なんでないの。知らねーよ自分もだろアハハTVとかだとなんか街ん中ふてふて歩いてんじゃん。塀の上とか?いるいる。でもあれ演出じゃねーの?マジで?あるあるありうる。でも塀とかそれっぽいのどこにあんの。そこらへんあるじゃん見えてんじゃん。でも猫いないじゃん。いないね、嘘みたい。いや何が。塀が。どういうこと。猫いないとか、なんか足りなくない?塀として。何でだよアハハ。猫中心説かよ。ちょどうでもいいから猫どこよ。全然いねーじゃんアハハ笑けてくる。猫ってどこに棲んでんの?飼われてる家でしょ。違うって、どら猫。どらは僕ドラえもんでしょ野良猫じゃない?アハハ本当だ。どらって乱暴ってこと?ドラちゃん全然違うじゃんいきなり。えーでもどら息子あーけどどら焼きも違うもんね。だから何言ってんのどこ棲んでんのって質問の答が全く出てこないんだけどうちら。だって知らないもんねえ。知らないっていいなよだから。野良猫とかもやっぱどっかで寝てるはずだよね。だから日向で塀の上とかで寝てるじゃん。いやそれ全く見つからないから別のとこ探したいんだけど。

野良猫が塀以外のどこで寝てるかなんか全く想像できない。つか猫のこと何も知らない。私たちは誰も猫について知識がない。ふと気が付くと、猫飼ったことある人がいない。触ったことがある子もいない。

つまりモフモフとか言ってそれも実際にはどういう感触のものなのか知らないのだ。私も。何となく言葉のイメージで判ってたつもりだし絶対こんな感じで間違いないような気もしてるけど、本当には知らない。へえ、と少し驚いてる。こんなことがあるんだなあ、と。でもよくあることなのかもしれない。私たちは十七歳で、知らないことがまだまだ多いし、その中には完全に知ってるつもりなのに実はテレビとかネットとかで仕入れただけの知識で本物を知らないなんてことたくさんあるだろう。と言うか、教科書やらで教えてもらったことだって本物ってわけじゃないんだから、いよいよ知らないことだらけなわけだ。

それにしても猫か。どこに行ってもいそうな生き物なのに、こうやって探してみると全然いない。それともこの西調布の駅らへんがおかしいのかな?

でも六人いて誰も猫飼ったことないし触ったこともないとか、そっちのほうがおかしいかな。異常な私たち。猫くらいで?猫だからこそ。

ここらの猫は家の中でちゃんと飼われてるから外にいないんじゃない?とガンズが言って、私たちは多摩川に向かうことにする。野良猫と言えば河川敷でしょみたいなのりで。

猫のことを誰も知らないので猫についての会話も当然盛り上がりようもない。それに私たちはいつも何かの話題についてなんてじっくり続けたことなんてない。思いついたまま皆喋る。私も。どこまででも喋り続けてみせる。たくさんプラレール持っていて、線路をひたすらどこまでも伸ばすことができる。大した内容じゃなくていい。どうせ電車が走り続ければいいだけの、そのときだけのものだ。

私たちが唯一ひとつのことについて話し続けられるのは自分たちの感情についてだけど、その流れ私は好きじゃない。いつだってろくなことにならない。渦を巻くように私たち独自の感情論が立ち上がるだけで、それが大体狂ってる。どこで間違えるのか判らないけれど、私たちは常におかしくなる。まだそういう気持ちの問題について正しく結論を導くほど成熟してないんだ。大抵自分が傷ついたことに拘りすぎてるんじゃないかなという私の予想もあるけど、確かめられない。自分が傷ついたと感じてる子を諌めようとか自殺行為。だから適当に持ち合わせてたチラシを空に撒くみたいにして続ける会話のほうが安心だ。

金曜の夕方の多摩川は堤防の上のサイクリングロードが結構混んでる。サッカー場や野球場が並ぶ河川敷を眺めるけど絶対に猫なんていないなと思う。猫は魚が好きだろうけど自分で川に穫りにきたりしないよね?猫が食べるような魚ここにいるんだろうか?と言うか今の猫魚とか食べるの?ペットフードじゃない?猫が魚盗って食べるのって……サザエさんじゃない?陽気な。またイメージだ。先行する淡い印象だけでよく私たちここまで来たなと思う。四十分くらい歩いてきて結構怠い。キョロキョロずっと河川敷を見渡してる子がいて芝生の上歩いてる猫とか想像もできないのによく頑張るなと思ってたら成猫じゃなくて捨て猫を探してると言う。段ボールとかに入ってるんでしょ?そうかもしれないけどそんなの見つけたら大変じゃん。え?子猫でしょ。別に、ちっちゃいでしょ。私子猫見たい。何か怖い。赤ちゃんとかでしょ?首とか据わってるの?骨とか折れちゃわない?大自然のアニマルなんだから大丈夫っしょ。そっと抱こうぜそーっと。赤ちゃんとかも私触りたくない。私がそういうの上手かどうか判んないし。判るー。あ、いや、話が。そうじゃなくてさ、捨てられた子猫見つけたら、拾わなきゃいけないんじゃないの?え?そんなの決まってないでしょ。大人の猫は野良猫でも放っておくよね。別にそれと変わんないでしょ。いや大人の猫はそうだけど、子猫、可哀想だよ。じゃああんた飼ったげなよ。無理。あーでも判る。うちも無理。見つけるのが。は?なんか責任感じそうじゃん。マジで?普通に放っておけばいいじゃん。野良猫の人生が始まったばかりで夢わくわくかもしんないっしょ。自由だしね。

野良の子猫の暮らしに楽な瞬間なんてあるんだろうか?

食べるものもないし力尽きて死ぬかカラスとかに食べられるんじゃないかな、と私は言いかけるけどやめとく。

言わなくて良いことはたくさんある。

見つからなくて良いこともたくさんある。捨て猫段ボールは見つからなかった。最高だ。

私たちは堤防の斜面の階段に座る。九月の夕日が多摩川を上流から河口まで全部赤くしようとしてるみたいに沈んでいく。

いつの間にか私たちはお喋りをやめていて、それにも気付かない。

ゼンメがこれが青春かーと言う。何でよ。やめてよ。女ばっか六人も揃ってまともに青春してるやつ一人もいないじゃん。つか私ら何してんの。部活とかしよーよ。心にもないこと言うなよやれるわけないじゃん。やりたいこととかないの?普通ある?彼氏欲しい。欲しい?欲しくない。欲しくない?何すんの。青春っしょ今そういう文脈じゃん。スポーツとかでもいいじゃん。いややりたいスポーツないじゃんそのことも言ってるんでしょ?彼氏が欲しいって好きな人いないのに成立する?するする。ゆっくり愛を育むんじゃん。私今の自分のこと好きになる人がいるような気がしない。アハハそれ凄い判る!だって私ら何でもない子らばっかじゃない?何でもないってどういうことよ判るけど。いや私らん中にも、誰とは言わないけど可愛い子とか綺麗な子とかいるけどやっぱ普通じゃん。綺麗ならちょっと普通じゃないっしょ。普通だよ。どこにでもいるよ悪いけど。そんなこと言う?いいじゃん友達らしい率直なことじゃん。普通のどこが悪いんだ最高だ。どう考えても最高ではないだろ悪くないだけで。悪くないのが最高だったって後から気付くパターンだって。どんな人生送ってきてそんなパターン見いだしてんだっつの意味判るけど。あるあるでしょそれも。あるあるなんて本当はないでしょ何となくありがちな感じがするだけで。でもさ、実際にあるあるって感じることはあるんだし、つまりあるあるはあったあったじゃなくていいんじゃない?あー……。

人生の一本道、一本籤は皆同じだ。アタリかハズレか、それを見極めようと今必死に引っ張り出してる最中。でも皆そうなはずで、言う通りだ。他人ひとの人生を生きることはできない。でも《よくあること》はあるし、それは自分の経験じゃなくても別にいい。人に聞いた話や本で読んだことでもいいんだ。

じゃなくてこれも青春だ。私はこれを選んだんだ。他の選択肢を選ばない、探さない、作らないという形で。

別にいい。何故ならこの瞬間この夕日をこの河川敷で眺めていて、他のことをしてたらこれはなかったのだ。

皆青春って言葉でなんか火がついたみたいでずっと不満のような愚痴ってるみたいな口調でいろいろ言うけど、なんだかんだで惚気みたいなもので、これが私たちの青春で、しょうがないけどこれ以外ないことに問題ないって感じだ。私もそれでいい。この問題にそれでいい以外の答えなんかないような気がする。

理想の彼氏、みたいな話がまたいつものようにふわふわペラペラのまま続くし知ってる世界の中でどの男子が一番好みか、彼氏にしても平気かみたいな土台図々しい普段の議題も出て日も沈んでまだ明るい。

夏前に、放課後、クラスの男子から短歌の作り方を教えてもらったときがなんか一生で一番エロかった、と唐突にパーセが言う。その男子の名前は教えないけど、と。

ちょっと!何してんの!

何もしてないよ。本当に短歌作っただけ。

何でエロいんだってそれが!

だって、何となくだよ。

向かい合ってベロでも出してレロレロ短歌作ったの?

アハハハハ!何言ってんの馬鹿じゃないの?アハハハハハハハ!普通、アハハ普通にただ机座ってたよ!アハハハハハハハ!

皆で笑う。凄い本気で爆笑する。

でパーセは仲間ハズレにして皆で短歌を作ろうとするけど「多摩川で」「河川敷」「川べりの」「夕方が」「夕焼けに」って皆目の前の実際のことしか詠めないし初句より先に進めない。

もうパーセ、エロい短歌一句頼むよ!

アハハ。一句じゃなくて短歌は一首だよ。一句は俳句。それに、エロい短歌なんか作ってないって。ちょっとそのときの短歌作ってたときが何となくそんな感じだっただけで。

ギャーギャー言われるけど結局パーセも短歌を詠もうとしない。そりゃそうだよなと思いつつ、その脇で私が言う。

なんか絶対意味判んないだろうけど、五七五七七の五が頭で七がおっぱいで五が腰で二つの七が両足って感じがするんだよね、絵的に。

ってところで私はまた皆のギャーギャーに包まれて言いたいことはいつも通りやはり伝わらないしその日一番のエロは私ということになるけど、私の台詞はまだ続きがあって、だから俳句はダルマみたいに飾りになるし、短歌は両足を伸ばしてどっかに行ける気がする、と言いたかったのだ。でも言えなくてもどっちでも良かったことだろう。私だけの感覚だし、確かに私にとっても意味不明だ。

いつかこれが判る人に出会えたらその人と結ばれる、みたいに言いたいけどそんなふうに信じるほど特別なことでもないし、すぐに忘れるだろう。小六の授業で私に生まれた感覚で、高二の今でも私の中にあるけど、きっと。

 

舞城王太郎(まいじょう・おうたろう)
一九七三年福井県生まれ。二〇〇一年『煙か土か食い物』でメフィスト賞を受賞し、作家デビュー。〇三年『阿修羅ガール』で第十六回三島由紀夫賞を受賞。『熊の場所』『九十九十九』『好き好き大好き超愛してる。』『ディスコ探偵水曜日』『短篇五芒星』『ビッチマグネット』『淵の王』『深夜百太郎 入口』『深夜百太郎 出口』ほか著書多数。近年は小説に留まらず、『バイオーグ・トリニティ』(漫画・大暮維人)の原作、アニメ『龍の歯医者』(制作統括・音響監督 庵野秀明、監督 鶴巻和哉)では原案・脚本を手掛けている。

 


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2012年「未来ちゃんカレンダー」

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川島小鳥
¥1,260(税込)完売

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¥3,000+税完売

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タムくんの似顔絵日めくりカレンダー2013

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『タムくんの似顔絵カレンダー2014』

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