トップ > 『それでも それでも それでも』あとがき全文掲載

『それでも それでも それでも』あとがき全文掲載

眼に見えるだけのものの奥へ

 

2011年に赤々舎から出した写真集『感動』が縁になって、「週刊金曜日」という雑誌のグラビアページを受け持つことになった。掲載する形の条件は、カラー写真と約400字のテキストということだった。

2010年に写真新世紀で受賞したあと、すぐに写真集を出すことになったという実績のみで、写真の仕事をしたことがなければ、文章もろくに書いたことがないという駆け出しもいいところのぼくにとって初めての大きな仕事だった。

編集者の弓削田さんと話を進めるうちに、「タイトルはどうしましょうか」という話になる。当然だ。でも「あ、そうか。タイトルが要るんだ!」と、驚いてしまった。どんなふうに書くかということばかり考えていて、全体を貫くテーマとなるタイトルのことを意識していなかったのだった。

いくつか候補を考えるもしっくりこない。それっぽいものは浮かぶものの、なんだかかっこつけすぎていた。さらにこの期に及んで「そもそも写真に言葉をつけるのってどうなんだろう」という思いが浮かんでくる。

タイトルの締め切りと同時に、一回目の連載の締め切りも迫ってきている。

考えれば考えるほど、焦りがつのってきて頭の芯がぶるぶるする。

椅子に座ったままぼんやり考えていてもしょうがないと思ったので、一回目の連載で使いたいと思っていた一枚の写真と、まだ使い慣れないペンタックス67とフィルム、メモ帳と鉛筆をもって散歩に出かけた。

歩いて、写真を撮って、いろんなところで一枚の写真を取り出しては見る。散歩しながら見えてきたものたちの名前や現象と、写真が重なりあうと思った言葉をメモ帳に書く。

朝から始まった散歩は、夜になろうとしていた。

フィルムは20本くらい撮っていて、メモ帳にはヨレヨレの単語がびっしりになっていた。それなのに、まだなんにも閃かないままだった。やめるにやめられない思いで、「でもなあ……」としつこく写真を見ていた。しつこく歩く。しつこく撮る。しつこく見る。書く。歩く。撮る。見る。書く。……。

でもやっぱり浮かばない。さすがに疲れきったので、サイゼリヤに入って休憩をした。ミラノ風ドリアを食べながら、メモ帳を眺める。やっぱりイマイチで「うーん」と悩む。しばらくして「もういいや」と、メモ帳に書かれた言葉を忘れることにした。

そのままドリンクバーのレモンスカッシュを飲みながら、ぼんやりと壁に掛かっている天使の絵を見ていた。するする頭が溶けてきて、ポケーッとなる。 余計な雑念もどこかにいって、心地よい疲れと、おなかが膨れた多幸感が相まって、身の詰まったからっぽさという感じだった。

そんな具合で写真を見たときだった。

羅列する言葉たちが結び繋がろうとする予感がして、ハッとして鉛筆を手にとる。

するするっと言葉がなめらかにつながっていって、ひとつの物語が光った。

その物語は、枠のなかに写真を押し込めようとするような言葉ではなく、写真からおのずと浮かびあがる言葉でできていた。そうして浮かんだ言葉は、写真の見方を一変させる。

ひとたびその感覚を知ってみれば、それまでの苦労は「写真の奴隷になった言葉」もしくは「写真を裏切らない、説明書みたいな言葉」を探していたからだとわかった。

「言葉を求めて写真を見る」のではなく、「写真からおのずと浮かぶ言葉を待つ」。

長い散歩は、結果として、そんな「待つ」姿勢にさせるための行いだった。こんなふうに写真から浮かびあがる言葉であるなら、この形も悪くないかもしれない。

歩き続けて、写真をじーっと見て、しつこくねばりつづけた姿勢を言葉にしてみると「それでも それでも それでも」だなと閃く。

そんなふうにして第一回目の「あの人」が出来ると同時に、タイトルも定まったのだった。(とはいえ、やっぱり未熟だったので、今回収録している「あの人」は少し書き直した)物心つくかつかないかの三歳ぐらいのころから、補聴器をつけていた。

補聴器を通して聞こえてくる音は、人それぞれで、ぼくの場合、重い感音性難聴なのでクリアなものではない。

補聴器は、周囲の環境音をまるごと拾って、そのまま脳に届ける。なだれこむ膨大な音のなかから、周りの状況をよく見たうえで、いろいろなことを察し、予測しながら、必要としている音がどれなのかを選り分けていく。

周りの状況を見て、口の形を読みとって、断片的な言葉を手がかりに、相手の言いたいことを予測する。それが小中学生のぼくにとっての「聞く」ということだった。

小学校の低学年のころ、授業のあいだの休み時間で、ぼくは机に座って教科書を読んでいた。ふと、なにか音が聞こえた気がして、教科書から眼をあげると、前の席のクラスメイトがぼくに向かって何かを言っていたことに気づく。

ものすごく久しぶりにクラスメイトに話しかけられたことに、ドキンとする。ぼくが戸惑っていると、もういちど何かを話しだした。

一瞬だけど「あ」の口だけ、読み取れた。でも「ほ」かもしれない。いや、でもたぶん聞こえた音から思うに「お」で合っているはずだ。そのほかは? どうしよう。言っていることがわからなかった。でも。「お」だから。今は、朝だから……。あ、たぶん「おはよう」だ。挨拶しているんだ。たぶん。たぶん……。弱々しく「おはよう」と返す。クラスメイトはけげんな表情を浮かべる。やっぱり違った!

その場をしのごうとして、にやにやと薄笑いを浮かべる。内心、痛いほどに激しい鼓動がとまらない。じゃあ、いったい何て言ってたんだ? 胸がバクバクしすぎて痛い。もう一度聞き直そうか。紙に書いてもらおうか。いやだ。恥ずかしい。聞こえる。ぼくは聞こえている。

待て。ちょっと落ちついて。見ろ。わかるはずだ。聞こえていたはずだ。……やっぱりわからない。でも。でも。それでも……。見るんだ。もっと周りを見るんだ。思い出すんだ。そういえばさっきなにかを指差していた。その先には? 鉛筆がある。鉛筆……。鉛筆? 鉛筆がなんだ? 青い。あ、もしかして「あお」? 「青」? 青い鉛筆? 「青の鉛筆を取って」ってことだろうか? ……合ってたみたいだ。よかった。今日は言葉が通じた。人と話せた。いい日だ。うれしいな。

家族以外の人との会話で、一番古くにある記憶がこれだ。

当時は、聞こえる人でありたいと強く願っていたために(聴者の社会で生きていく処世術を身につけるために、周囲から「願わされていた」というほうが正しいかもしれない)、聞こえないことを恥ずかしく思っていた。だから筆談や、聞き直すことは思いもよらないことだった。

考えて、予測して、その場限りでもいいので会話を成り立たせればいいと思っていた。

しかし、人は心をもっている。心をもつ存在は、常に揺れている。その揺れる心から突き出される言葉は、さまざまな色を帯びて、瞬間ごとにうつり変わるものとして発せられる。同じ調子でしゃべり続けられる人はいない。

人の心を読むことができないのと同じく、どんなに努力しようとも、心の色を帯びたその人の本当の声を予測することは決してできないのだった。

とても簡単な会話に限るのだけれど、たまたま予測が当たって、意志がそれぞれに通じ合ったと思えたときの喜びは、「こんなことしか話せないのか」と複雑な思いを感じながらも、それでも、やっぱり嬉しいものとして感じてしまっていた。

自分の身体が抱える現実を、頭が、ぼくのなかの常識が否定する。否定しながらも、会話はまるでうまくいかない。年齢があがるにつれて会話の内容はどんどん複雑になっていって、予測することは不可能になっていく。

「もういやだ」と何度思ったことだろう。

「諦めたい」「逃げたい」「話したくない」という思いと同時に、「諦めたくない」「逃げたくない」「話したい」と、「それでも、もうすこしなんとか」と、何度思っただろう。

千千に乱れる感情のあいだで、自分に言い聞かせてきていた思いは「それでも それでも それでも」という、生きのびるために必要な感情でもあった。

ぎざぎざの声を懸命に聞きながら、その人の口をよく見て、周囲をよくよく見て、話そうとする。けれども、その努力は一向に実を結ばない。からっぽな会話をする。そのたびに自分が分裂していく。くろぐろとした感情がつのっていく。

縁が巡りあって、石神井ろう学校高等部に進学して手話に出会ったことで、言葉が自分の感情と一致する感覚をつかんだことで、ぼくはギリギリのところで救われた。

・・・

ただ眼にみえているだけのものを、ただ見ることに、飽き飽きしている。その人の口元、物事や人間、写真、あらゆるもののうわべをいくら丁寧に見ようとしたって、心にそそがれるほどの奇跡をたまわることは、絶対にない。

結局のところ、心と心が交わるときにしか、見ることの意味は深まらないのだ。

ただ見るだけのことの貧しさや虚しさを、ぼくはよく知っている。だからこそ、ぼくは写真をやるうえで、言葉すくなき者の、忘れ去る日常の断片の、その奥を見ようとしなければならなかった。

たったひとつのそれだけを見る。一瞥だけでわかったつもりにならない。一方的に言葉をあてこむこともしない。それまで培ってきた価値観を頼りにしない。その存在と、ただただ出会う。なにごともおこらないその鮮烈さをもって、素朴にただ出会う。そうすることで、その奥からやっと浮かぶものがある。それを待つ。それをこそ見る。そして撮ってきた。

自分の写真においての行いを、そういうふうに思っている。

そのような姿勢で、一枚の写真を見ながら、その奥から浮かびあがる言葉を「それでも それでも それでも」としつこくねばりながら待って書いてきた。……と、思っている。

でも、とてもむつかしい。

自分が撮った写真ということもあって、わかったつもりになってついあてがってしまう言葉もあるし、写真の印象を狭めてしまったり、週刊連載の締め切りに追われて言葉が写真から浮かぶのを待ちきれずに書いてしまったりと、失敗や試行錯誤は尽きないけれど。

・・・

この本を出すにあたって「ベルベットのほほえみ」の、お兄さんを紹介してくれた妹さんに連絡をとったとき、一生抱きしめようと思うほどの大切な言葉をいただいた。

最近は、お兄さんはとても必死に生きていて、小さい肺がなんとか踏みとどまってくれてる感じです。

昨日も、二人で会話してるとき、根性なんだよ、根性!と何回も繰り返してました。本当に、お兄さんなりの根性で生きてくれてます。

五月のGWは長く実家に帰りましたけど、そのときには見られなかった、小さいしゃっくりのような息が止まる呼吸を繰り返しながら、会話してくれます。そして、根性よ、根性!しょうがないのよ、根性でやるしかないのよ、と、可笑しくてしょうがないという声と顔で話してくれます。

でも時々、本当につらいみたいで、あーあ、と疲れた老人のような声を、根性よ! と言いながら、合間に何度も言うので、本当に身体がつらいんだと思いました。

そしてGWのときも今回も、帰るよと言うと、すごいしっかりした手で握手してくるようになりました。あまりにもしっかりした握手なので、どういう気持ちを込めてくれているのか、わからないんですけど、なんだかじーんと切なくって泣けてきます。

もしもまたいつか、機会がありましたら、お兄さんに会いにきてくださいね。

根性。

根性、根性、根性。

お兄さんの話を読みながら、これまで苦手だったはずの「根性」という言葉が、スッと入ってきた。ぼくが抱えていた「それでも」という気持ちは、まさにその言葉で言い表せるものだった。何ひとつわからない会話の中から、それでも声を求めようとした思いを表すのに、こんなにも的確な言葉はなかった。「根性」という言葉のイメージが変わっていく。

なんだか、もう……。痛くて、切なくて、幸せで、悲しくて、でもなんでか終いには、ほのかな嬉しさがやってきて。それらの感情みなすべてが等しい。

痛切にひきつれる感情のはざまで押し出される思いを抱えて、見る。生きる。見ている。生きている。「根性なんだよ」と繰り返し言いながら、「それでも それでも それでも」と繰り返し願いながら、ちょっぴり諦めながら、やっぱりそれでも踏みとどまって、やわらかい心で、歩いて、生きて、奥へ、奥へ、眼に見えるだけのものの奥へ。


既存本と取扱本

写真詩集 『生きる』

『生きる』

詩 谷川俊太郎 写真 松本美枝子
¥1,500+税

詩集 『人に優しく』

『人に優しく』

御徒町凧(おかちまち かいと)
¥1,500+税

コミック『ヒーシーイット アクア』

『ヒーシーイット アクア』

ウィスット・ポンニミット
¥952+税

『みみながうさぎ』

『みみながうさぎ』

きとうひろえ
¥1,300+税

詩集『朗読会の記録(一)家具』

『朗読会の記録(一)家具』

御徒町凧
限定600冊 完売御礼

詩集『朗読会の記録(二)道路』

『朗読会の記録(二)道路』

御徒町凧
限定600冊
¥2,476+税

写真集『未来ちゃん』

『未来ちゃん』

川島小鳥
¥2,000+税

写真集『tokyo boy alone』

『tokyo boy alone』

森栄喜
¥3,000+税

詩集『朗読会の記録(三)空気』

『朗読会の記録(三)空気』

御徒町凧
限定600冊
¥2,476+税

写真集『モダンタイムス』

『モダンタイムス』

パトリック・ツァイ
¥1,800+税

コミック『ヒーシーイット  オレンジ』

『ヒーシーイット オレンジ』

ウィスット・ポンニミット
¥952+税

『ファミコンの思い出』

『ファミコンの思い出』

編著 深田洋介
¥1,300+税

タムトリのうちわ タムくん

タムトリのうちわ

単品 ¥477+税
セット ¥762+税

『明星』

『明星』

川島小鳥 箕浦建太郎
¥1,500+税

『未来ちゃんの未来』

『未来ちゃんの未来』

絵 ウィスット ポンニミット
写真 川島小鳥
¥1,800+税

『給他』(川島小鳥/限定盤)

『給他』(川島小鳥/限定盤)

アンバー・クオ
¥1,980+税

『佐内正史詩集 人に聞いた』

『佐内正史詩集 人に聞いた』

詩・写真 佐内正史
¥1,600+税

『せんはうたう』詩 谷川俊太郎 絵 望月 通陽

『せんはうたう』

発行 ゆめある舎
詩 谷川俊太郎
絵 望月通陽
¥1,800+税

岩崎航詩集『点滴ポール ~生き抜くという旗印』

『点滴ポール ~生き抜くという旗印』

詩・エッセイ 岩崎航
写真 齋藤陽道
¥1,400+税

一青窈詩集『みんな楽しそう』

『みんな楽しそう』

詩 一青窈
¥1,400+税

池田修三 木版画集 センチメンタルの青い旗

『センチメンタルの青い旗』

木版画 池田修三 
編著 藤本智士
¥1,800+税

『近藤聡乃作品集』

『近藤聡乃作品集』

近藤聡乃
¥3,600+税

『りさちゃん、なんでもなーい』

『りさちゃん、なんでもなーい』

絵と文 いしはらまこちん
¥1,200+税

『intimacy』 森栄喜

『intimacy』

森栄喜
¥3,800+税

『みんなのひとり上手手帖』 赤(ビロード風)

『みんなのひとり上手手帖』
全3種類

クリハラタカシ
¥1,600+税

池田修三 絵葉書と豆本 第1集「はじまり」

池田修三 絵葉書と豆本
第1集「はじまり」

木版画 池田修三
編著 藤本智士
¥1,600+税

『おやすみ神たち』

『おやすみ神たち』

詩・谷川俊太郎 写真・川島小鳥
¥2,300+税

史群アル仙作品集 今日の漫画

『史群アル仙作品集 今日の漫画』

史群アル仙
¥1,200+税

写訳 春と修羅

『写訳 春と修羅』

宮沢賢治 齋藤陽道
¥1,600+税

渡部雄吉写真集『張り込み日記』

渡部雄吉/構成と文:乙一
¥2,700+税

川島小鳥写真集『明星』

川島小鳥写真集『明星』

川島小鳥
¥3,000+税

『バス停に立ち宇宙船を待つ』

友部正人
¥1,500+税

池田修三 絵葉書と豆本
第2集「いろどり」

木版画 池田修三 
編著 藤本智士
¥1,600+税

未来ちゃんノートA

未来ちゃんノートA

川島小鳥
¥330+税

未来ちゃんノートB

未来ちゃんノートB

川島小鳥
¥330+税

未来ちゃんクリアファイルA

未来ちゃんクリアファイルA

川島小鳥
¥500+税

未来ちゃんクリアファイルB

未来ちゃんクリアファイルB

川島小鳥
¥500+税

『あたしとあなた』

『あたしとあなた』

詩・谷川俊太郎
¥2,000+税

『冬のUFO・夏の怪獣』

クリハラタカシ
¥1,200+税

『深夜百太郎 入口』

舞城王太郎
MASAFUMI SANAI
¥1,500+税

『深夜百太郎 出口』

舞城王太郎
MASAFUMI SANAI
¥1,500+税

『岩崎航エッセイ集 日付の大きいカレンダー』

岩崎航
写真:齋藤陽道
¥1,500+税

『よいひかり』

三角みづ紀
¥1,400+税

『わたしたちの猫』

文月悠光
¥1,400+税

コミック『ヒーシーイット レモン』

ウィスット・ポンニミット
¥1,000+税

『もう一度 倫敦巴里』

和田誠
¥2,200+税

『とりとめなく庭が』

三角みづ紀
¥1,400+税

『対詩 2馬力』

谷川俊太郎 覚 和歌子
¥1,600+税

『Family Regained』

森栄喜
¥4,500+税

『猫はしっぽでしゃべる』

『猫はしっぽでしゃべる』

田尻久子
¥1,400+税

『こんにちは』

谷川俊太郎
¥1,800+税

『バウムクーヘン』

谷川俊太郎
¥1,300+税

『いのちの花、希望のうた』

画・岩崎健一 詩・岩崎航
¥1,700+税


完売御礼

2012年「未来ちゃんカレンダー」

2012年「未来ちゃんカレンダー」

川島小鳥
¥1,260(税込)完売

モダンタイムス Tシャツ

モダンタイムス Tシャツ

パトリック・ツァイ
¥3,000+税完売

ヒーシーイット Tシャツ

ヒーシーイット Tシャツ

ウィスット・ポンニミット
¥3,000+税完売

タムくんの似顔絵日めくりカレンダー2013

『タムくんの似顔絵
日めくりカレンダー2013』

ウィスット・ポンニミット ¥1,500+税完売

『タムくんの似顔絵カレンダー2014』

『タムくんの似顔絵カレンダー2014』

ウィスット・ポンニミット
¥1,905+税完売